千柩堂Chikyudo

事故

もし私が自殺したらば、それは私自身のもたらした事故である。

ひさかたぶりにひどいうつが発露した。双極性障害(おそらく多くのひとにとっては“躁うつ病”と聞くほうがいくぶん耳慣れているだろうか。)を持病とする私にとって躁状態とうつ状態の波うちは当たり前にあるものであり、うっかり四半世紀も生きのびてしまえばもはやこれはただの『日常』にすぎない。近ごろは寛解状態にあり、高波があがることも少なくおだやかに息継ぎできる日々を過ごしているが、ふとおもいだしたように時化がくる。いたずらに私を吞み、溺れさす。

寛解とはいってもこまごまとした躁やらうつやらはあるもので、なかでもうつの側においてひどい状態にあると判断する自己基準は刃物を手にとらずにいられなくなるか否かの一点にある。一時期はおもに自傷行為で正気を保っていた。脳内麻薬、エンドルフィン。死にたいとして自らを傷つけていたのではない。死にたいがしかし死んではならぬとして傷をつけ、痛み、真っ赤の膚を網膜に刻み、これは境界線である、この痛みの向こう側へ足を踏み入れてはならぬのだと自戒していたものだった。しかし依存していなかったといえば嘘になる。現にいまも、臨界点を越えると私の手は刃物をさがす。

それでも理性がつよくあればカッターやカミソリからは身を遠ざけられる。あれらは気のやすいたちだからあっという間によく切れる。痛みがはやく深手も負いにくいが、手元の狂いも起きやすい。だから近ごろの血迷いのさきはもっぱらハサミか、包丁か。見た目の物々しさは増すが、このいずれかで傷を負おうとすれば猟奇じみた覚悟をもたねばならない。ハサミをひらいてのどを挟めども、包丁のきっさきを腹に押しつけども、そのさきにはそうそう進めない。そうしていっぺんの傷も負わぬうちに、くたびれて、うう、ううと呻く。たすけてくれとうわごとする。時化が過ぎ去るときまで。

死にたいと、死にたくないと、苦しいとわめくうちはよい。そうして鬱々とした葛藤のなかで刃物をあてているうちはよい。そのようなとき両腕は力み、こわばり、そのさきに進めはしない。あぶないのは、そのうちにふとなんだかすべてどうでもよいようにおもえる瞬間が訪れたときだ。ほんとうにどうでもよくなる。生きたいも、死にたいも、生きねばならぬも、死んではならぬも、まるっとどうでもよろしくなる。億劫ですらなく、ただぼんやりとしたきもちになる。つかれたなアとぼんやりおもう。このときがいちばんあぶない。うっかりとハサミをとじたり、あるいは包丁を握る手がふっとゆるんでしまったりしそうになる。私は仰向けに寝ていて、刃先は腹を向いている。さながら安いトリックだ。

いまは、やりたいことがある。この数年、ことさらこの一年にたくさんのよき縁にめぐまれた。この心臓を無為につぶしてしまうくらいならば、そのいとおしいひとびとのために一滴余さずつかいきりたい。そう、肺腑の底からつよくおもう。死とワルツをおどるための足は出涸らしの乾いた木ぎれでよい。

つまりもし私が自殺したらば、それは私自身のもたらした事故である。探偵のあがる幕もなくこどもにも解けるトリックの。そのようなばかばかしい事故はできるかぎり回避せねばならない。また、この障害が私にもたらす詩情もあるからして一概に邪険にもできない。率直なところでいえば、事故さえ起こらねばそれでよい。苦痛はよろこびの母である。病識をふかめ、からだの健全をたもち、あそびやたのしみをあいし、なにより私をあいする。そうしてほどよい寛解をできるだけたもつ。それがいまの私の最適解だ。

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